・ |
(1)と(3)の区別が付いてない解答が多かった。(1)は,「景気変動の原因」を問われている。したがって,財・サービスの生産力・流通量の増減,さらに消費意欲の増減を含めて,答えなければならない。 |
・ |
(1)は,「17世紀末~1880年代」の期間を問われている。よって,全期間の景気変動と財政・金融政策を満遍なく答える必要がある。時間がなかったどうかはともかく,意図的に徳川時代,または明治時代のみを解答している人が多かった。 |
・ |
(4)で,「関税自主権を喪失しても,国内産業の発展につながった」という解答が顕著であった。従来的な解釈をすれば,関税自主権を喪失すると,国内産業が壊滅すると言われているにも関わらず,なぜ「発展につながった」と言えるのか,パラドクシカルに述べなければならない。 |
・ |
(4)で,「開国」と「開港」の区別が付けられなかった答案が少なからずあった。「どのように違うのか」と問われているので,それを解答する必要がある。 |
・ |
記入した文字が乱雑であったり,小さすぎるがゆえに,判読不能の答案も見られた。字を「きれいに」書けとは言わないが,採点を希望するのであれば,少なくとも「丁寧に」書いてほしい。 |
・ |
(1)または(3)で,享保と元文の貨幣改鋳のメカニズムを簡略化しすぎている解答が目立った。「享保の改鋳でデフレ化した」,「元文の改鋳でリフレになった」と書かれていても,なぜそうなったのか,原因と仕組みを論述しないと,点数に結びつかない。 |
・ |
綱吉のあとの6代将軍を「家綱」(正しくは家宣)と答えていたり,天保の改革の開始年を「1834年」(正しくは1841年)と答えている人が,一部の学科・学年を中心に,10人ほど存在した。何か,そのように述べられた参考書を探してきたのだろうか?非常に興味を覚えた。ちなみに,今回の試験では,6代将軍の名称を列挙しようが,天保の改革の年号を書こうが,問題の趣旨とはほとんど関係ない。 |
・ |
全ての問題を通して,事実の羅列に終始してしまい,事実の因果関係を説明した答案はあまり見られなかった。ここが,高校の日本史と大きく異なる点である。「センター試験で日本史を選択したから,中間試験は何とかなる」と思っている人に限って,実際には「何ともなっていない」。従来の歴史観に極めて引っ張られており,さまざまな歴史認識を解釈する答案を描けていない。 |
・ |
履修者専用ページにある講義スライドを試験勉強に活用できた人は,高得点に結びついている。 |
・ |
この授業では出席をとっていないが,今回の中間試験の結果を見ると,ほぼ出席日数に比例した得点状況になっていると確信できる。若干の例外があるとすれば,毎回出席しているにも関わらず,直前の復習を怠ってしまったか,あるいは,あまり出席できなかったにも関わらず,直前に猛勉強をして,受講していたに等しい解答を作成できたかと思われる。 |