第1回ベクター課題 (2002年11月7日提出)

1990年代における東京23区の単身世帯比率

鷲崎 俊太郎(経研D3)


 問題設定
 男性の未婚率の「高齢化」が著しい。
 国勢調査によれば、40-44歳の男性の未婚率は、1985年の7.4%から2000年は18.4%に跳ね上がり、女性も同じ期間に4.9%から8.6%へ上昇した。
 総世帯数に占める単身世帯の比率を空間情報として把握しておくことは、今後の租税、都市経済、マーケティングなど、さまざまな側面から有用だと考えられる。
 そこで、本報告では、1990年代における単身世帯数の総世帯数に占める比率について、東京23区をケーススタディとして分析を行う。

 仮説
 中野区は、「若者の街」として印象づけられている。
 泉麻人も、「中野心理の特質」として、中野好きの若者が中野周辺のアパートを転々としていることを挙げている(1)。泉の記述は、1980年代までのバブル経済を反映したものである。
 果たして、この「中野好きの若者」の分布は、90年代以降も変化していないのだろうか。また、中野以外に、「若者の街」を形成した地区は存在しないのだろうか。

 考察

 図1は、1990年の国勢調査をもとに、東京23区における単身世帯数の総世帯数の占める比率を、町丁目別に表したものである。
 図1を概観してわかることは、次の点にある。
 第1に、東京では、単身世帯の分布が「西高東低」に見られる。この境界は、東海道本線と東北本線(俗に京浜東北線)を結ぶ線上に位置する。杉浦章介は、このラインより東の地域を「下町」、西の地域を「山の手」とする区分が、明治期以降、戦間期まで一貫して存在したことを明らかにした(2)。こうした「下町」、「山の手」の区分は、バブル期を経た1980年代にも継続していたことが理解できる。

図1のPDFファイルは、こちら

 第2に、単身世帯比率の高い地域を具体的に挙げてみると、渋谷区、新宿区、豊島区といった新都心を含む区部、新都心より西部に位置する中野区、杉並区、世田谷区となる。しかし、その地域は、必ずしも当該の行政区全体に広がっているわけではない。渋谷区の場合、山手線内では単身世帯率が極めて低い。
 こうした結果に強く影響を及ぼしているのが、鉄道路線および駅である。図1より、渋谷・新宿・池袋をターミナルとする東京西部への郊外路線とその停車駅、および単身世帯率の高い地区とをまとめると、以下のとおりとなる。

表1 東京西部の鉄道と
単身世帯率の西限
ターミナル駅 単身世帯率が高い
地区を持つ
西限の駅
東武東上線 池袋 大山
営団有楽町線 小竹向原
西武池袋線 桜台
西武新宿線 新宿 都立家政
JR中央線(3) 西荻窪
営団丸の内線 荻窪
京王線 千歳烏山
小田急線 千歳船橋
京王井の頭線 渋谷 明大前
東急新玉川線(4) 駒沢大学
東急東横線 学芸大学
 このように、単身世帯は優等列車が通過する駅周辺に居住していることが明らかとなる。こうした背景には、ターミナル駅から20分以内で、低価格な賃貸物件が揃っているからと推測することができる。
 第3に、単身世帯率の地域変化を時系列で見てみよう。
 図2は、95年における単身世帯数の比率である。実は、図1と比較して、図2がほとんど変化していない様子が窺える。単身世帯率の増加が顕著に見られるのは、新しく構築された台場周辺に限られる。
 言い換えると、単身世帯の居住は、バブル経済が崩壊して不況が訪れ始めた90年代前半期においても、バブル期にあった80年代後半期とも変化なく、不況が世帯居住に影響を及ぼすとすれば、大企業による設備投資の縮小と人材面でのリストラが大々的に実行された90年代後半期以降と考えられる。

図2のPDFファイルは、こちら

 結論と課題
 「中野区は若者が住む街」というイメージは、鉄道路線と駅の立地による影響が大きい。
 東京における単身世帯の高率な地域は「西高東低」であり、西部の優等列車の通過する駅周辺に偏在する。そして、この区域は、必ずしも行政界と一致するものではない。
 中野区の場合、中心性を発揮するJR中野駅以外には、各駅停車のみ停車する駅の集中が顕著である。こうした駅は、新都心から近距離圏内にある上に、地価や賃貸物件が相対的に廉価であることが想定される。このため、「中野区は若者の街」というイメージが先行したように思われる。
 
 今回はGISを本格的に使用した最初の報告であるが、主題図作成後、いくつか課題が見つかったので、思いつくまま述べてみたい。
 第1に、レイヤ機能をもう少し、応用しておけばよかった。特に、ポリゴンの属性情報は、仮説を検証するという点では、不足している。与えられた資料からは限界があるが、例えば、人口や不動産に関する分布のレイヤをもう少し使用できたと思う。
 第2に、図1・図2の左下に、概念図を作成することができなかった。これは、単に製作者の認識不足による。もし概念図があれば、主題図に区名を重ねる必要はなかった。

【註】

(1) 泉麻人『東京23区物語』新潮文庫、1988年、139-42頁。 (本文に戻る

(2) 杉浦章介「戦前期東京「山の手」における階層分化と地域分化:「紳士録」データによる「上からの中流化」過程の分析」、『社会科学』(慶應義塾大学日吉紀要)第4号(1993年3月)、1-77頁。 (本文に戻る

(3) 現長野県知事の田中康夫『なんとなく、クリスタル』新潮文庫、1985年、28-29頁によると、大学生にとって中央線は「終電が遅いということだけが、取り得」であり、「三鷹を過ぎると、武蔵境、東小金井、武蔵小金井、国分寺、国立、八王子と、ショボイ男の子が乗り降りする駅が続」くため、終点の高尾まで通学する女子大生には「男の子をクラスメートと一緒に品定めするという、隠れた楽しみがある」……らしい。 (本文に戻る

(4) 現在は、東急田園都市線として路線名を統一。 (本文に戻る


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